第6話 部外者珍入
年頃なので数人の男たちが進入してくるのは日常茶飯事で、同時に複数が上がり込んでいる時もあり、近所から「猫屋敷」と言われていることは明白であった。私が階段を上り始めただけであわてて飛び出してくるアラタのようなのもいれば、「動かざる事クマの如し」と言われるように(合唱団ではそう言われていた)私の布団の上で寝込んだらテコでも動かないクマ。それぞれに個性があって、追い出すための対策も様々である。ジュンコも一応迷惑そうな顔をしてはいるが、相手が雄猫の場合は、自分から追い出そうとはしない。
ある日、生後4カ月位と思われる、新人が進入してきた。毛色はジュンコよりやや明るい茶色で、ジュンコよりハッキリとした縞を有している。鈴の付いた赤い首輪をしているので飼われているらしい。非常に人なつこく、私の布団の中にも入ってきてしまう。実はこの猫が雌だったのである。ジュンコの顔が般若の面になった。口を大きく開け歯をむき出して喉の奥を使って「ハーーー」と威嚇した。そして常に50センチぐらいの距離を保って、回りを歩き出した。とっくみあいになりそうなので、私はその雌猫を外に出した。
しかし、その雌猫は次の日にもやってきた。私は手紙を書いて丸め、首輪にくくり付けた。
飼い主の方へ
おなかが空いているのか、毎日うちに
来ています。私はかまわないのですが、
うちの猫がいやがっています。
次の日からその雌猫は来なくなった。
1990年1月1日発行 DAUBER 9号掲載
第7話 風邪 その1
人間と何等変わることはない。猫の風邪もくしゃみ・鼻水から始まる。風邪の諸症状であるにもかかわらず、「あっ、誰かが噂している」などといわれるように、くしゃみは軽く見られている。
週の中ごろからくしゃみが出始めて、後半には咳に変わった。そして土曜の夜には胃袋を絞り出すようなむせ方になった。それでも最初の内は布団の中にいれ暖めて背中と喉をさすってやるとおさまっていたが、日曜の昼ごろには、何をやっても効かなくなった。
「早目に医者につれて行けば良かったな」などと咳こむ度に後悔して、ただただ背中をさすり喉に手を当てていた。今にも血を吐きそうな、むせ方であった。
後悔しながら日曜の夜を過ごして月曜の朝一番。いやがるジュンコをケージに(ペット持ち運び用の篭)押し込むと、以前より目をつけていた本橋動物病院へと車を走らせた。
「いやー毛並のいい猫だなー」といわれて何となく嬉しくなって浮かれていると、名前を聞かれた。思わず「近藤誠です」と答えると、「いや、猫ちゃんの方」と言われた。ちょっと照れて言い訳付きで「名前ごともらったもんで、あの・・・・・・ジュンコです」と、小声で答えた。医者は慣れているようで特に表情も変えずに、ジュンコ号とカルテに書き込んだ。
結局、猫ウイルス性鼻気管炎という、猫には最も多いインフルエンザのようなものだそうで、注射を2本射ってもらい、オレンジ色の飲み薬をもらった。しばらく写真の話やらライオンズクラブの話をした。帰りぎわ、医師はジュンコの頭を撫でながら語りかけた。
「早く元気になれよ。死んだら毛皮にされちゃうぞ」
1990年2月2日発行 DAUBER 10号掲載
第8話 風邪 その2
注射2本で咳はおさまったが、1週間の外出禁止になってしまった。ジュンコがもらわれて来たときに、外出禁止がどれだけ大変かは知っていたので、げっそりした。
オレンジ色の薬は、臭いまでオレンジだが(味までは調べなかった)鰹風味の方が良いのではないかと考えながら缶詰めを開ける。ふだんジュンコはドライフードだが、うまく薬が混ざらないので少し贅沢をした。缶切りの音がするとどこからでもとんで来て、足元でニャーニャーとうるさい。目分量で半分に分けてスプーンでフードに練りこむ。この方法のおかげですんなりと飲んでくれた。
問題は外に出られないことであった。10分もすると出口の前でニャーニャーとはじまって、私の方をじっと見る。しばらくすると展望台(網戸から外が見られるように造ってある。)から外を見て、その後やはり私の方を見てニャーとなく。プレッシャーを与えているのである。
1日過ぎると行動が激しくなる。室内を走り回り高いところから飛び降りる。下に落ちているものを片っ端からおもちゃにし始めて、それに飽きた頃、本当の恐怖がやってくる。
最初は私の手にかみつく。そしてひっかく。さらに前足後ろ足を使ってクリンチしてかじるようになり、5・6日もすると振り払っても飛びかかってくるようになる。1週間の間にシーツは血だらけになった。
1週間して再び医者に行った。やはり注射を2本射って、「後3日ぐらいは出さないように」と言われてがっくりきた。医者は話ながら、結構強くジュンコの腹をもんでいた。そして顔をあげると私に言った。「どうやら入っているようですね」と。
1990年3月3日発行 DAUBER 11号掲載
第9話 初産
寝たのが明け方だったので、昼なのに布団に入って来たがるジュンコを不思議がりながらも、起きようとはしなかった。夢うつつの状態の中で、いつもより高い猫の声が、結構長い間、気にはなっていた。もちろん夢うつつの状態であるから、実際に長いかどうかは定かでは無い。しかし、ジュンコ以外の猫が登場する夢を見る位の時間はあった。夢の内容は今となっては全く覚えていないが、遠くから聞こえてくるような別の猫の声を、子守歌にして気持ちよく寝ていた。
左足に冷たいものを感じて夢から覚めた。動いたので、もしやと思って静かに布団をめくって見ると、案の定、生まれたばかりの仔猫が2匹ピーピー泣きながらそこにいた。少し離れた所にいたジュンコが、目覚めた私に気がついて、ニャーと一声鳴いた。
仔猫を踏まないように注意してジュンコに近ずくと、ちょうど3匹目が出てきた所であった。ジュンコは仔猫が入っている袋をウニャウニャ声をだしながらなめ取った。そして、少し歩くと、もう一度振り向いてニャーと鳴き、4匹目を産み落とした。が、疲れたのか、臍の緒を切ることが出来ないらしい。本で読んだ知識を動員して、カッターナイフで切って、ティッシュで鼻先をこすってやると、やっと産声をあげた。生まれたのは結局4匹。4月4日の事であった。
父親はあきらかにクマであった。色と鼻の形と高い声がそっくりである。段ボール箱のベットに、出産の血で汚れてしまった私の布団を切って使った。とにかくジュンコにとっても私にとっても初めての事ばかりなので、本と首っ引きであった。
最後の1匹は弱く、自ら乳首を捜す事ができず手伝ってやった。本にも書いてあるとおり、仔猫はほとんど一日中寝ていた。
4月8日の朝、ジュンコが不思議そうに見ている前で、庭に掘った穴に4匹の仔猫を埋めた。7日に降った雪の寒さに耐えられなかったらしい。「仔猫の体温が下がると、親猫は仔猫を抱こうとしなくなる」と本に書いてあったのを思いだした。4日間の命であった。
1990年4月4日発行 DAUBER 12号掲載
第10話 白と黒
ジュンコの立ち直りは、あっけない程早かった。早かったというより殆ど落ち込んではいなかった。子猫を埋めている私の横でキョトンとしていた。既にその日から日常生活を、始めていた。
数日もすると雄猫が集まりだした。勿論、クマやアラタもいたが、今度は不断見なれない真っ白が先ず最初にまとわりついた。白猫特有の強毛に身を固め、動きが素早くて警戒心が強い。私がかえって来ると、凄い勢いで逃げた。スレ違いざまに投げかける目付きの鋭い流れ者であった。
もう一匹。真っ黒がまとわりついていた。体は大きくて顔が横に広い。そして、もっとも大きな特徴は、短くて極端に曲がった尻尾である。気が強くて決して逃げようとはしない、そしておせじにも良いとは言えない人相。やくざ者であった。
1990年5月5日発行 DAUBER 13号掲載
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