この文章は、妊娠生活マガジンに掲載した原稿をもとに、再構成したものです。
第1話 羊水検査
  「20%以下かな」
僕の問いに恵美子がそう答えたのは、8週目の事だった。高齢・高血圧・心臓病・境界型糖尿病というハイリスクを乗り越え、今は75%以上だと言う。3週間の入院と2週間の安静。不安定な安定期で今日、17週目をむかえた。
 たった一泊なのだから簡単で済むと思うのだが、恵美子はまるで長期入院のように準備をしている。明日の入院は、羊水検査という大きなハードルだ。高齢出産によるダウン症候群の高い可能性。わずかだがある羊水検査自体の危険性。次回の難しい身体の状況。何度も話し合った。そして身内にダウン症候群の子供を持つ友人の強い勧めで、決断をした。
 シャワーを浴び布団に寝転び、恵美子は本を読み出した。仰向けのため、私の目に本のタイトルが入ってきた。
「いまを生きる」
1999年5月9日夜。明日の朝食は、何にしようか。

第2話 ヒャッホー
   羊水検査の結果報告。産婦人科迄の廊下で、恵美子が話した。
「看護婦さんが『異常があれば連絡が行くはず』だって。ちょっと嬉しくてね」
一緒に部屋に入る。先生は目の前で封を切る。異常の有無は今初めてわかるわけだ。二人に緊張感が走る。
「おめでとう。異常なしです。18項目すべてクリアー」
空気の重さが半分になった。エコーを見せてもらう。生育は順調で、画面の中で動いている。
 駐車場まで歩きながら恵美子が泣き出した。
「80%位になったかな」
「90%は超えてるよ。きっと。」
走り出した車の中で、恵美子がヒャッホー!と叫び声をあげた。ずっと流れっぱなしになっているkiroroのアルバム。丁度流れていた「未来へ」が、妙に新鮮に感じた。いつも通る所沢市街をさけて大回りする。混雑するところは通りたくないんだ。時々瞼を閉じなくてはならないから。

第3話 胎動
   5月31日、家に戻ると恵美子がうれしそうに言った。
「おなか、動くんだよね」
羊水検査の直後にも動いていたのだが、あれ以来ずっと動かなかった。医者の話だと20週ぐらいにならないと動かないそうで、今度の動きは本物のようだ。手を持ってさわらされたが最初は動かず、しばらくして動いたというので手を当てたら、突然中からけ飛ばされた。僕も仰向けになって天井に向け宙を蹴飛ばしながら言った。
「『重たいから、その手をどけろよ!』ってこうやっているんだろう」
「でもさ、羊水検査の時の胎動は何だったんだろうね」
「だからさ、針刺したから子宮が収縮したんだろう。今度のはちゃんと胎動だけれど、このあいだのはイタイドウだったんだ、きっと」
おそらくは腹の中の律の胎動のように、恵美子が腹をよじって笑っていた。

第4話 中華風ケーキ
  「律っちゃんが成人式の時は、だんな還暦だね。成人式に赤いちゃんちゃんこ着て、一緒に写真とれるね」
 6月26日、僕の40歳の誕生日は、恵美子のこの一言から始まった。
 夜、家に帰ると恵美子が痛がっていた。今日は調子が悪かったらしい。誕生日に簡単なケーキでも焼くつもりだったのにと泣き出してしまった。腹をさすったり背中を押したりしていたが、律ちゃん動く動く。明らかに中からけ飛ばしている。いくらか落ち着いたので、恵美子をおいて買い物に出る。今日は餃子の予定で、皮のネタを昼に仕込んでおいたのだ。
 戻ってすぐに作業開始。こたつに道具と材料を広げ、僕が皮を伸ばして恵美子が包む。今日は奮発して48個だから時間がかかる。律っちゃんの分と称してきちんと半分恵美子も食べた。デコレーションじゃ無いけれど、中華風のプチケーキだね。

第5話 七転八倒
   7月8日、産科検診で恵美子を病院まで送っていく。昼過ぎにはかかってくると思っていた母親からの電話は3時過ぎだった。直腸内の検査に行っていたのだが、内視鏡では取り除けないポリープがあって16日に再検査。癌化している可能性もあるという。いずれにしても入院して手術になるらしい。少しして恵美子から電話。妊娠中毒症が出始めているので12日から入院。出産までずっと入院の可能性もあるらしい。最初からその話はあったが、なんとなくそのまま何事もなく出産までいける気がしていた。
 2年前の今頃は父親の癌が発覚してばたばたした時期だし、去年は恵美子と知り合った頃。どうもこの時期にはいろいろある。7月8日の文字並びは七転八倒か?
「俺ってドラマだな」
などとつぶやいてしまう。まあ、何とかなるさ、7月8日は七転び八起きとも読めるから。

第6話 エコー爆笑
   7月14日、雨が上がったのでバイクで病院へ。恵美子は昨日より気分もよさそうで、週末の外泊許可も取れそうだという。にやにやしながら、
「驚くというか爆笑と言うか」
などと言いつつ出したのは久々のエコー写真。その言葉通り、絶句してから爆笑し、そして呆れ返ってしまった。だいぶ育って顔がアップに写ったエコー写真は、どう見ても僕にそっくり。昨日僕の顔を見た病室中の女性が納得したそうだから、親の欲目ではなかろう。たった800グラムの胎児から親に似るとは天晴れな奴。まさか眼鏡をかけて生まれて来ないだろうな。
 またもや雲行きが怪しくなったので慌てて店に戻る。せっかく持ってかえったエコー写真を見せたのだが、母親は顔がアップになっているということすらなかなか理解できなかったし、従業員も少し馬鹿にしたような笑いをしていた。

第7話 短足
  「しょうがねぇよなぁ」
8月18日、エコーを撮ったら胎児の足が短かったという話には、しかめっ面しながらもそう答えるしか無かった。僕の短足は有名だし、恵美子の方も身長が20センチ近くも違う星川さんと座高が同じだってんだから、短足のサラブレッドなんだ。しかし胎児は1690グラム。上出来でないかい。丁度病室までの廊下で、医者が患者に話していたんだ。
「双子っていうことは、1人が2300グラムでも5キロ近くになってしまって、お母さん動けなくなるんですよ。2キロでも4キロでしょ」
つまりあとちょっと体重が増えれば、双子の自然分娩と同じぐらいになるっていうこと。同じ病室にいた人が1キロ弱の子供を出産して無事育っているそうだ。血糖値と血圧が落着かないって心配しているけれど、すでに安全圏に入っているんだよ。
 今度は8月3日に大腸癌の手術をした母親が入院しているお茶の水の三楽病院へ向かう。病室に入ると、思いのほか普通の顔で母親はベッドに座っていた。昨日、見舞いのスケジュールが組めないと話しておいたので、かなり喜んだ様子の母親が話し出した。
「あのね、団地を返す。店の近くに一軒家の借家が出てるでしょ。あれを借りて一緒に住もうよ。そうすれば子供も見て上げられるし、店近くて便利でしょ。確かに団地は安いけれど、交通費もかかっているし時間ももったいないでしょ。私のわがままで団地に住んでいただけだから。もし、恵美さんが2人目を生むって事になっても便利だしね」
父親が癌で死んだときから同居は話していた。しかし、公団は安くて広くて快適で、とても手放せないと言っていた。嫌がる恵美子ではない。快く承諾した。一晩考えて決心した母親の表情は、昨日の電話からは考えられないぐらい軽やかだった。

第8話 最前に期待して最悪に覚悟する
   9月5日、午前中、恵美子から電話。担当医が夏休みなので、昨日別の医師が検査したらしいが、1週間での成長が少ないという。医者は心配いらないと言ったらしいが気になってしょうがなく、昨晩は眠れなかったという。医者が心配しなくて良いと言ったのを心配しちゃいけないとなだめた。
 夕方、防衛医大の当直医から電話。極めて丁寧な話し方で、それ故に核心に触れるまでに時間がかかる。すべてを覚悟して話を聞いていたら、恵美子が吐き気と胸の圧迫を訴えたので検査したが血糖値・血圧とも異常はない。しかし一応個室に移したとのこと。急な事には成らないと思うが、病室が変わったので電話をくれたそうだ。
「素人発言で申し訳ないのですが、外泊中は頭痛も吐き気も見事に止まるんです。まもなく2ヶ月の入院ということで、かなりストレスがたまっていると思います。特別な用事がない限り外泊が出来ないことは知っておりますが、試しに一度外泊させてもらえないでしょうか」
「ストレスですか。そうですね、可能性は有りますね。私は当直ですので許可は出せないのですが、それも良いかもしれません」
「わかりました。外泊の件は担当の先生にお話ししてみます。ところで私は7時まで店から離れられないのですが、何とか特別許可で時間外の面会許可をお願いできないでしょうか。体の方は病院にお任せですが、精神的な部分はこちらでなんとかしたいもので」
「ちょっとお待ち下さい」
電話の向こうで相談したらしく、その当直医は答えた。
「わかりました。特別許可を出します。警備の方にも連絡しておきます」
「それからもう一つお願いなのですが、夜に僕が行くことを恵美子に伝えて下さい。それだけでも元気になるかもしれませんから」
おそらく若そうなお医者さんは、始終穏やかで親切に応対してくれた。
 病院に到着したのは7時40分頃。受付で特別許可を申し出て、4階のナースステーションに声をかけたが誰もいなかった。病室に行くと暗い個室の中で、ただじっとして恵美子は横になっていた。近づいてみると涙を流している。肩に手をかけたら抱きついて、声を出して泣き始めた。
「どうした?痛いのか?」
「怖かったの。すごく。律っちゃんだめになっちゃうかと思って、怖かったの」
「お医者さんが心配ないって言っているんだから、心配しちゃだめだよ。泣くと血圧上がっちゃうよ」
 しばらくそのままでいたら落ち着いたので、もう一度ナースステーションに行ってみる。ちょっと挨拶のつもりだったが、昼に電話をくれた当直の先生もいて中に入るように言われた。胎児の現状と体の状況を事細かに説明された。2キロ弱の胎児だが、もともと妊娠中毒症の状態で育った胎児は肺に負荷がかかっているので鍛えられており、早めに帝王切開しても自力で呼吸ができるということ。現在は良好でも、急激に母胎の臓器全般に異常が現れるヘルプという状態が考えられること。全体から考えたら、早く出すことが悪いことではないこと。母親の癌の手術の説明と同じように、言葉を一つ一つ選びながら説明してくれた。そして少しでも早いほうが良いと、その場で帝王切開と輸血の承諾書にサインして、明日の夜、担当の先生と話をするようすすめられた。ふと横を見ると、ガーゼのかけられた監視用モニターと心電図のモニターが並んでおり、聞いてみたらどちらも恵美子のものだった。
 病室に戻り恵美子と話をしていたら看護婦さんがやってきて、10時ぐらいまでならいて良いと伝えた。ナースステーションで話をした以上に、帝王切開が近づいている様子だ。他の病室の友人もこっそりとやってきて、テレビカメラの死角に入って励ましてくれた。9時半頃に病院を出てアパートに帰る。「最前に期待して最悪に覚悟する」そんな局面がこのところ頻繁で、覚悟というものに慣れてしまったよ。もしかしたら、明日はパパなのかなぁ。

第9話 デジタルオヤジの一番長い日
   9月6日午前9時40分頃、防衛医大から電話がある。いよいよ来たかと受話器を取る。やはり今日もしくは明日の帝王切開が決まったので、早目に来て担当医と話をして欲しいという。11時半過ぎでないと行けないと答えたら、担当医に電話を代ってくれた。
「あのね、色々あってさ、妊娠を継続するのが難しいんだよね」
毎度べらんめい調の黒田先生は話しはじめた。おおかたの説明は昨日受けてることを伝えたら、
「そうか、いいね。こっちでやっていいね!切るよ。じゃあ、時間が決まったら連絡するからね」
すべてお任せると伝えた。
 次の連絡がいつ来るかと思って待っていたが、仕事関係の電話ばかりで、肝心の連絡がなかなかこない。11時45分、ついに防衛医大から電話が来た。手術予定は本日14時。心細いようなので早目に来て欲しいという。
 病院への到着は12時33分。病室に入ると、恵美子は酸素マスクを付けていた。特に症状が悪くなったという訳ではなく、呼吸が楽になるからとのこと。ただ、効いているのかどうかはわからないらしい。点滴も打っていて、つながっている測定器には、胎児の心音・心拍数と張りの数値が表示されている。心音はともかくとして、張りなんてどうやって計るんだろう。
 担当医がやってきて説明を受ける。分娩セット券を21600円で買い、心音を聞きながら待っていると、手術の正確な時間が2時半であるという連絡が入る。防衛医大の手術室というやつ、空港の滑走路のように、つぎつぎ予定が組まれるらしい。心音が秒読みに聞こえる。2時になって僕だけ病室の外にいて、ストレッチャーが用意される。2時20分、ストレッチャーに乗せられた恵美子が出てくる。エレベーター前で少し話しをする。表情も穏やかになって、覚悟はできた様子。
「がんばってね」
と看護婦さんに言われたら、
「私が頑張る必要無いみたい。律っちゃんの方が強そうだから」
と笑った。
 2時25分、エレベーターに乗せられて恵美子は手術室に向かった。僕は病室で待つだけ。トイレを汚したと恵美子が気にしていたので掃除して、マンガを読んだ。他にすることはない。10分ほどすると病室の準備とかで追い出されてしまった。暇つぶしにマンガを持ってエレベーターホールへ。4つのエレベーターが各階に泊るたびに、「チン」となるので、数秒に1度ほど聞こえる。遠くの階の場合は小さく、近くの階の場合は大きく、遠近感を伴った音は、嫌でも時間の経過を引き伸ばすように働き、ストレッチャー用エレベーターが手術室の有る2階に止まった後は、数字の上下をじっと見ている。随分経ったと思ったが3時10分。出てくるのは早くても3時半だから、まだ20分以上。1時間なんて朝のうたた寝ならすぐに過ぎてしまうが、何とも長いことよ。3時から面会時間だから、エレベーターの動きは激しい。
 3時23分、エレベーターを通して絞るような赤ん坊の泣き声が聞こえた。もしかしたらと思ったが、どうも生まれたての赤ん坊とは違う気がする。27分、またも聞こえる。やはり生まれたてとしては声が太い気がする。
 エレベーターが2階に長時間とまった。3階にも止まった。そして4階。中から保育機が出てきて、赤ん坊が入っている。意外と小さくないので、まさかとは思いながら看護婦さんに聞いてみた。
「これ、うちですよね?」
「そうですよ。おめでとう御座います。男の子です。オチンチン付いてますよ」
1ヶ月以上の早産だから、もっと未熟な状態を想像していたが、きちんと元気な赤ん坊だ。写真を取り捲ってお医者さんにお礼を言った。恵美子は縫いあわせが有るので、もう少しかかるという。
 まず店に電話して、恵美子の実家・会社・友人に電話。あまりに突然の出産で驚いて、みんな言葉少なになってしまう。
 事務処理を済ませて小児科の6階に行き書類を出す。さらに家族構成まで有る書類を書いていると、若い男のお医者さんが横に立っていた。まるで漫才コンビの様なタイミングの二人は、僕の質問を分担しながら、律が極めて元気であることと、万が一の可能性をいくつも説明してくれた。このあたりは、母親の癌手術の時と同じだ。
 終ってから看護婦の説明があると聞かされたがなかなかお声がかからない。未熟児室の中では、4名の看護婦が真剣な顔で討議している。律よりむしろ恵美子が気になっていたので、書類が書き上がっている事を理由にして声をかけてみた。すぐに看護婦さんは出てきてくれて、中に入って赤ちゃんに会いますかと聞く。側によりたいのは山々だが、どちらかといえば恵美子が心配。それでもせっかくだから中に入ることにする。
 手間がかかった。撮影していいかと聞いたらフラッシュ無しならという。ところが外からカメラを入れられないので、使い捨てカメラを中で渡すという。疑問。使い捨てカメラはフラッシュ無しで室内撮影は無理。それを伝えたらポラロイドという。中にあるのは600シリーズ。いずれにしてもフラッシュ無しでは無理だろう。
「僕、写真屋なんですけれど」
写真はさっき撮ったのであきらめて扉を開ける。殺菌ロッカーから帽子と前掛けを出して身につけ、消毒液を使って手から手首まで洗う。うがい薬で消毒して、綿棒を使って鼻の穴も消毒する。紙製の使い捨てマスクをして中にはいる。外から見えていた律目指して歩くと、隣の保育機に猿のような赤ん坊が入っていた。良く見ると、出生体重が622グラムと有る。律は1950グラムだから、その3分の1以下だ。固体の発生は生態の発生を繰り返すというが、正に人間の少し手前で出産した感触。そんな赤ん坊でも元気で育っているのだと思うと、律に対して安心してしまう。保育器に手を入れて触るためには、更なる消毒が用意されていた。手を入れて触ると、ひくひくと反応する。顔を良く見ると、目鼻口が恵美子そっくり。足の爪が僕と同じで、食い込みの心配があるのだが、手の爪はすらりと伸びて恵美子に似ている。赤ん坊とは良く言った物で、真っ赤な身体に立派な産毛が生えている。
 一番気になる恵美子の状態。4階にもどって病室に入ると、手術前と同じ様子で、恵美子はベッドに横たわってた。近づくと泣き出した。デジタルカメラの画像で律を見せたり話をしたりして落ち着かせた頃、黒田先生がやってきた。
「今だから言えるけれどさ、ひやっとしたんだよ。逆子より恐い横向きだろう。足を引っ張ってよじるようにして出したんだ。結構危なかったよ」
本当に「今だから言える」話だ。ということは黒田先生が手術をしたんだ。産科ボスの黒田先生。鉄面皮ながら最近笑うようになった女医。当直の若い男の先生。オバQの小池さんみたいな先生。内科の先生が2人。さっき説明を受けた2人が小児科の先生。途中お世話になった先生を数えると、10名以上の医師団が恵美子の出産を支えてくれたんだ。天皇家なみかな。
 しばらく一緒にいて6時前、帰ろうとしたら恵美子が再び泣き出した。
「帰っちゃ嫌だ」
と、手を握りかえしてくる。あまりにはっきりした意思表示だったので、最後までいられるように店に電話を入れることにした。ところが電話をするだけだと言っても、駄々をこねるばかり。何度も何度も言い聞かせて、鎮静剤を打つと先生が言ったのをきっかけに電話をかけに出た。
 病室に戻ると、鎮静剤が聞きはじめたらしく恵美子はうとうとした。手を握りかえす力が次第に弱くなり、静かな呼吸で眠りに入った。しばらくそのままいたが、看護婦さんに聞いたら、おそらくこのまま眠り続けるだろうとの話。まるで良い夢を見ているかのような恵美子をお任せして帰路についた。
 母親を家まで送っていく。どっちに似ているかという話になったが、どっちに似たって美男にも美女にもならないから、男でよかったねという話になる。店に戻ると前の八百屋が開いていたので、買う必要も無いのだがレタスとキュウリを買って、恵美子の出産を話す。プレママメーリングリスト主催者からもらったビール券をもって、山藤酒店に寄ると、外に山藤がいた。出産の話をして店内に入ると、お祝いにシャンパンをくれた。サントリーのスパークリングワインだが、風呂から出て栓を抜くと、驚くほど巨大な音を立てて栓が飛んだ。今日一日の、長い長い時間を文章にまとめながら、宙に向かって何度も何度も叫んだ。ただ、「恵美子!」と。