
COMPUTER & PHOTO CULTURE DIALY
PHOTO・ART・CAT・MUSIC・TRAVEL・VIDEO・INTERNET
ケーキ入刃・恵美子の会社社長の挨拶と乾杯、倉田さんの乾杯の歌、終了と同時の巨大クラッカー・倉田さんの歌3曲と順調に進む。ビデオの放映も順調。三島君と木下君の挨拶は、見事に掛け合いになっていた。パント末吉さんのステージは見事の一言。ビデオカメラを使った新ネタは、一発で会場中を集中させる市長と商工会長の挨拶は、吉本興業そこのけの大笑い。確かに気楽な挨拶時の市長の面白さは知っていたが、ここまでやってくれるとは思わなかった。東京週末倶楽部のジャンケンも予想以上、そして最後のわらび座は、僕や恵美子を含めて、何人かのお客さんに涙を流させた。ストーリーの無い太鼓と三味線だけで、なぜに涙を誘えるのか。わらび座の不思議だ。うっかりソーラン節のアンコールを頼んでいなかったので、「高砂!ソーラン節だ!」と僕が叫んだが、それを隠すように、お客さんからアンコールの声が上がった。
謝辞の言葉は何を話したのか。たいしたことを話さなかったとは思うが、結局二人で泣いてしまった。予定より遅れてしまったが、幸い会館には問題が無かったようだ。終了してすぐに計算をはじめたが、ここに来てミスが発覚。シンクパッドのAC電源を忘れていた。計算はなんとかなったが、旅行で使えない。
1999年2月12日 京都・奈良・明日香・大阪
朝食は、恵美子の希望で洋食にした。洋食のほうはバイキングなのだ。ホテルの朝食バイキングは、なんとなく手抜きを感じて嫌いだったのだが、このホテルはそんなことはなかった。なかなか旨い。
レンタカーを借り、マッサージのおばさんから聞いていた四条寺町にいく。東京の秋葉原、大阪の日本橋のように、京都の場合は四条寺町。足腰を冷やさないような、ズボンなどを買うために高島屋に行く恵美子と別れて電器店へ。3軒ほどで聞いて、京都ではAC電源を買えないことが分かった。秋葉原・日本橋のようにはいかないようだ。
恵美子の携帯にレンタカー屋から「電話が欲しい」との連絡が入っていた。用件も言わずに失礼なやつだと内容によっては怒ってやろうなどと話していたが、なんと、雪が心配なのでチェーンを用意してくれたのだった。レンタカー屋によったら、チェーンではなく、チェーンをつんだ別の車を用意してくれていた。グレードもサニーからプリメーラにアップ。ありがたく乗り換えさせてもらった。
奈良公園の鹿に餌をやりたいと恵美子が言うので、駐車場に車を入れる。雪も降っていてお客さんが少ないためか、恵美子が煎餅をもったとたんに数匹の鹿に囲まれて、あっというまに餌をとられ、挙げ句の果てに尻までかまれてしまった。鹿の怖さを知った様子。お土産屋で、となりのトトロのTシャツがあったので良く見たら、牙が生えたトドで、「となりのトド」とかかれていた。更に良く見ると、ハニワのジョー・ほくろのケン・午後のカトチャ(甘さちょっとだけよ)などなど、冗談商品ばかり。キャラクター的にピッタリなので、となりのトドを恵美子に買ってもらった。
雪が激しいので、他はみずに明日香に向かう。途中、天理市の建物を恵美子に説明したり、三輪でそうめんを食べたりする。石舞台古墳には恵美子も驚いていた。まったくあんなもの、どうやって作ったものだか。車が止めにくいので、亀石と酒船石だけみたが、三つ目が通るそのもので恵美子も喜んでいた。
帰りに三輪でそうめんを買う。見たことも無いほど細いのがあったので、Kiyoeと自分達のお土産に買う。高速が途中で渋滞して、恵美子の友人と約束した時間が迫ってしまう。ただでも焦っているところに、訳の分からない大阪の首都高速に恵美子がパニックする。なんとか7時半にチェックインする。すぐにタクシーで待ちあわせの駅へ。しっかり確認したのに、タクシーがきちんと別の口につけてくれて20分遅れで合流。野菜と牛肉の簡単な鍋だが、なかなか旨かった。主賓の恵美子は予想通り途中で泥酔してしまい、10時半に解散。タクシーの中、ホテルの部屋で恵美子の語る話は、「あ、ナギがお腹すかしている。あ、そうか、今日はお泊りだっけ」などと、旅行中である事を忘れたような事ばかりだったが、その表情は幸せそうだった。
1999年2月13日 100万ドル×10倍の夜景
7時に目が覚めてしまい、今日も朝食バイキングへ。団体のチェックアウトに重なったらしく、レストランは満員。10分ほど待たされた。和洋食だが、昨日に比べると少し貧弱。部屋に帰って思わず確認してしまったが、やはり昨日から泊った大阪東急ホテルの方が京都新阪急ホテルより高い。京都と大阪の違いか、それとも関西系と関東系の違いか。部屋も今日のほうが遥かに狭い。
早めに出て万博記念公園へ。車から見ただけだが、太陽の塔の大きさに恵美子が驚いていた。Kazuoと連絡を取りながら蓑生駅へ。早く着いたので一回りしたら、狭いお土産屋通りに迷い込んでしまい四苦八苦した。11時丁度にニューKiyoe号でKazuo・Kiyoeが到着。滝の見学に行く。ここでも猿の被害が増大しているとかで、帰りに何匹も猿が出てきて、他の人が餌を与えていた。それが被害の原因だとそこらじゅうに書いてあるのに。
昼食はKiyoeの案内でトンコツラーメンの将軍へ。宅急便でバイト中に知ったというだけあって、列を成している。チャーシューも旨いし麺もつゆも良し。京都の欲求不満が解消された。チャーシューの切れ端を使った、へた丼もなかなか旨い。新座のバリバリラーメンは切り落としを売っていたが、この方法はいかにも関西らしい。
駅自体もエンターテイメントのような宝塚に行き、こちらから希望した手塚治虫記念館へ。入ってガラスの城からの抜粋を読んで、いきなり涙が出てしまった。ここでは石子先生に習ったことが幸いして、Kiyoe夫妻にも恵美子にも、詳しくガイドができた。階段に貼って有る資料は、どうみても石子先生の監修だろう。思い切り満足した。
Kiyoe・Kazuo夫妻のうちは、Kazuoの両親と2世帯住宅。閑静な住宅地だ。夕方までのんびりして、でかける。近くのイカリスーパーで珍しい食品を買い、目指す三田屋へ。ハムやベーコンなどの食べ放題とステーキ、そしてデザートも食べ放題で、地ビールもある。これで1500円は、やはり関西。東京ではまったく考えられない。それは良かったのだが、店内の空気で恵美子が泥酔してしまった。もどって、とりあえず寝かせつける。
11時に起して出かける。まずは、六甲山に登る。途中から雪が積もっていたので、四輪駆動のKiyoe号で来なかったことを後悔するが、何とか頂上までたどり着く。夜景が目的だが、ここ数年で100万ドルガ1000万ドルの夜景に変わったという言葉が理解できた。こんな夜景は見たことがない。勿論光の量では東京が多いのだろうが、東京を見下ろす山が無い。六甲山の眼下には神戸市とポーとアイランドがあり、大阪湾を囲むように、光の絨毯が広がっている。雪の寒さにもかかわらず、一同息をのんだ。三脚とリバーサルフィルムを持ってくれば良かったと後悔。
うとうとしていたら車は鹿の子温泉につく。Kazuoと一緒に男湯に入り、サウナや低周波電気風呂も満喫する。1時間ほどリラックスして、ロビーで飲んだのはフルーツ牛乳。疲れが見事にとれた。時計を見ると2時。帰ってすぐに布団に入った。
1999年2月14日 辛うじて明石焼き
Kiyoe夫妻も一緒に乗って姫路に向かう。中国地方には何本か高速があって、その中の一番新しいのを使うと姫路までもすぐだ。どの高速がどうなっているのか良くわからないが。Kazuoさんのナビで車を進め、白浜のジャスコの駐車場に車を停める。停めるだけでは申し訳ないので、ちゃんと中に入って買い物をする。パン用の小麦粉で、大きな業務用の袋から分けたという2キロづめがあったので買ってしまった。昨日のイカリスーパーでも瓶詰めなどを買っているから、荷物はえらく重たい物ばかり。
駐車場から岩崎さんに電話をかけ、約30分後に合流した。岩崎さんは僕が月間写真工業に執筆した「写真屋さんインターネット奮戦記」を読んでインターネットをはじめた人で、ネット場では随分前から交流していたが、実際に逢うのは初めてだ。さすがカメラマニアらしく、首にはコンタックスT2を下げていた。岩崎さんの案内で姫路城を見学する。膝の弱い恵美子に合せて、天守閣には昇らなかったが、猫などからかいながらのんびり見学した。
送っていくというのを遠慮した岩崎さんと別れてから、一路車は明石へ。予定していた明石焼きは、発祥の店で食べることにした。古そうで込んでいる店に入り注文。すぐに別のテーブルの家族が追加注文したが、何と僕たちで明石焼きは終了だった。岩崎さんを送っていたら空振りになるところだった。偶然に助けられて食べた明石焼きは見事。1人前20個という量には驚いたが、全員軽々と食べてしまった。おでんとは明らかに違う関東だきの、1本500円のタコの足はお見事。
アーケード街をとおったが、安くて旨そうな魚介類は、残念ながら買えない。ややこしい明石海峡大橋付け根の路で迷いまくり、何とか舞子駅でKiyoe・Kazuo夫妻をおろす。舞子ビラの駐車場は、建物とは別にある。一度車を駐車場に入れるが、それだと荷物を運ぶ距離が長くなるので、出してホテル正面に来るを止める。ベルボーイが見当たらないのでフロントに行くと、ベルボーイはいないという。荷物を降ろしたいと伝えたら自分で運ぶしかないといわれ、台車を貸してくれないかとこちらから言うと、影から台車が出てきた。えらく立派な建物だが、なんとも不思議なホテルだ。荷物を台車に載せて恵美子に見ていてもらい、駐車場に車を納めて恵美子のもとに戻る。二人でフロントまで荷物を押していくが、フロントの人間は誰も挨拶しない。恵美子が不思議がりながらも書類に書き込む。最初からそれまでのあいだ、挨拶は一度もされなかった。
エレベーターで上り、部屋を探しあてて入ると、頼んだとおり大橋が見える部屋だった。早速窓を開けて写真を撮ろうと思ったらストッパーが付いていて、非常の場合のみストッパーを壊してくれと書いてある。恵美子が冷蔵庫をあけると何も入っておらず、説明を読むと、一階の自動販売機で買ってきてくれと書いてある。しばらくして恵美子が騒ぎ出した。何かと思ったら、トイレの汚物入れに、前のお客さんの生理用品が残っていたという。トイレはウォシュレット付き、鏡には曇り防止機能など設備的には最新鋭だが、なんとソフトの弱いホテルだろう。シャワーを使ったときに気が付いたのだが、水道タンクにカビも発生してるようだ。
2時間ほど休んで、夕食を食べに行くことにする。駐車場から車を出すのでフロントに行くと、無言で6時間の無料券が出てきた。宿泊の場合は完全に無料のはずなので何故に6時間かと聞いたら、そのつど必要なだけの時間券を出すという。確かにその方法でも問題無いが、台車の件にしても、こちらから聞かないと説明が全く無い。
ネットで調べた長浜亭で博多ラーメンを食べる。本店が長浜だけあって、完璧な博多ラーメンだ。恵美子も喜んでいたようなので、帰りに新宿の博多天神による約束をする。部屋に戻ってネットをつなぐ。舞子ビラのホームページでもあったらメールで抗議しようと思ったのだ。残念ながら無かったが、疑問はすべて解決した。どうやら舞子ビラは神戸市営らしい。最高のロケーションに市営のホテルを建て、極限まで人件費を削って大きな利益を得ようということか。呆れ返るほどご立派。
ネットをしている最中、恵美子がチョコを食べるようにせかす。バレンタインデーも残すところ3分。ジャスコで買ってくれた爆弾チョコを食べたが、形だけで爆発することはなかった。
1999年2月15日 足元の断層から
朝食バイキングは、思いの他良い。どうやら飲食店関係はテナントらしい。荷物を持ってフロントに行くと、今日のフロントは挨拶ができた。どうやら昨日のチームは最低だったらしい。岩崎さんお薦めの舞子展望台は休刊日。すぐ近くの橋の科学館に入る。見学中に頭上の模型に恵美子が気が付く。たぶん実際に使った風洞実験か何かのモデルだろう。偏光眼鏡をかけた映画は、立体映像をつくることに重きを男来生の気がするが、なかなか面白い。にぎやかなオジサン団体に混ざって見学を続ける。頭上のモデルは予想通りのもので、風によるしなりを見せてくれた。
明石海峡大橋の付け根に博物館はあるが、大橋を渡るには6キロも橋から離れなくてはならない。インターを入って納得。その6キロのうち半分以上はトンネルだった。さすがに東京タワーと大差のない橋脚に支えられた大橋は見事。巨大としか言いようが無い。夜、明るく見えたのはサービスエリアだった。東浦を下りてまもなく、さほど苦労も無く淡路シネフォトが見つかってしまった。アポ無しなので仕方ないが、木村さんは北淡町の野島断層保存館にできた売店に行っているという。そこも見学したかった場所なので、一石二鳥だと喜んで移動する。売店に行くと、木村さんは急遽保存館に行っているとかで追いかける。保存館のお土産売り場で、木村さんは吹き戻しを並べていた。何年ぶりかなので握手をして恵美子を紹介したら、木村さんは吹き戻しになっている名刺を渡してくれて、恵美子は大はしゃぎしていた。野島断層は天然記念物になっているが、異例の速さで認可されているので、「木村さん、あっちこっち脅かしたりしたんじゃないの?」と聞いたがニヤニヤしながら否定した。しかし正に萩原茂弘先生が言っているように、「まちづくりの材料は足元から探せ!」にぴったりだ。
チケットは木村さんがおごってくれて、保存館の前で記念写真など撮ってくれた。保存館に入ると結構混んでいて、思ったより保存館は細長かった。単に断層だけでなく、その場に有った道路の破壊などもそのまま展示されており、人工的に断面を露出させた部分からは、大地の力によって粘土化した様子なども見ることができた。大岡の進めどうり玉ねぎをお土産に買ったら、新婚さんならと焼き芋をおまけしてくれた。荷物を積み込むときイカリスーパーの袋を見て、イカリスーパーはかなり高級なスーパーで、芦屋店の駐車場は外車ばかりで普通の車ではいけないと教えてくれた。
高速に戻って車を南に走らせる。周囲に見える山のどこまでが淡路島で、どこからが四国なのかと思っていたら、見えていた山はすべてが淡路島だった。淡路島は大きい。鳴門海峡にかかる橋は明石海峡大橋よりは大分小柄だったが、橋の下を流れる海流は、まるで川のようだった。
恵美子に運転を頼み、車を高松に向ける。一般道は高速並みに流れ、思ったより早く付きそう。ローソンの宅急便がすでに便の出た後なので、佐川急便の配送所に駆け込んで荷物を送り出す。玉ねぎ1箱なんかや、イカリスーパーで買った瓶詰め。おまけに小麦粉2キロなども有るから、すごい重たさだ。
暗くなったので運転をかわり、6時過ぎに次のホテル=琴参閣に到着。新婚旅行での一点豪華を頼んだだけあって、部屋は12畳が1部屋に8畳が二つ。本来大人数で使う部屋らしく、トイレと流しが2つづつ付いている。そして何より、部屋に露天風呂が付いている。これで夕食付き1人29000円は高くない。ゆったりと夕食を食べた後は、何度も露天風呂に入り、オリオン座の動きを楽しんだ。昨日の舞子ビラも、丁度良い箸休めになったようで、高級ホテルを満喫できた。
そう言えば、今日は親父の命日だったな。
1999年2月16日 乗り捨て不自由
目覚まし時計が7時45分に鳴るまで、ぐっすりと眠っていた。朝食も昨日の個室で、細かなおかずがずらりと並んでいる。朝風呂に入ろうとぬるくなっているお湯を抜いたら、詮が上手く入らなくなり、半分ぐらいまでで足す予定が、ほとんど流れてしまった。詮は大きなドーナツ状の中心に小さな詮がついているのだが、やっと意味が分かった。いきなり大きな詮だと、人間の力では抜けないのだ。景色の見える朝の露天風呂は最高。
加ト吉がオーナーというホテルだけあって、お土産売場にはたくさんの加ト吉製品が並んでいる。加ト吉といえば僕の知る範囲ではエビフライだが、どうやら高級食材の会社がらしい。ウドンを中心にして買い物をした。近くにあったニュージーランド村は、平日のためがらがら。広大な敷地に数家族が遊びに来たという感じで、アーチェリーをやろうとしたら、呼び出し電話がある。電話したら係員がマウンテンバイクでやってきた。アーチェリーとスーパースライダーでのんびり遊ぶ。風も無くのどかだ。
新婚旅行最後の目的地はガラス博物館。博物館とは言ってもガラス製品の巨大販売所。食器・置物・アクセサリーなど、膨大な数が並べられている。入り口にあった巨大なシャンデリアも商品で、しっかりと6000万円の値札がついていた。ご立派。
昼食は讃岐うどんに決めていた。看板を見つけたので行ってみると、運転手や地元相手のプレハブ。漬け物などを添えた高級路線の店じゃないのを希望していたからコレはラッキー。恵美子はぶっかけを食べて、僕は釜揚げを食べる。さりげないが出汁のきいた本物。僕はかけをお代わりしたが、コレが何と290円。思い切り満足して、370円の生麺を10個買った。
瀬戸大橋は、明石海峡大橋と比べると、長さはあるが橋脚はだいぶ小柄。途中の島でお土産を買い、岡山駅へ向かう。レンタカーを返す約束まで10分という見事な時間に岡山駅に到着。西口だか東口だかわかる程度のメモはもらっていたが、ちょっと見つからないのでまずは西口を探す。トヨタ・マツダ・ニッサンの全てのレンタカー屋が見つかったのに、日本レンタカーは見つからない。東口に移動して、ダッシュボードに入っていた営業所一覧で電話をかけると、駅前ではなくガード下だという。ところがガード下には駅レンタカーがあって、少し離れてジャパレンも見つかったが、やはり日本レンタカーだけが無い。再び電話したら、日本レンタカーの看板は出ていなくて、別の電話番号を教えてくれた。そちらに電話すると、ここではないが返しても良いという。腑に落ちない点もあったがとりあえず車を返す。話をしてみたら、京都からの連絡はなく、しかし伝票を見ると返した場所に間違いはない。それより、乗り捨ての場合は必ず地図を渡すことになっているという。何度もしつこくそれは言ったはずだが、地図はもらえなかった。だいたい、ちっとも駅から見えないような場所。合点がゆかぬ。
駅に着くと、丁度のぞみがあった。慌ててチケットを買ってホームに上がると、運良く今回も500系のぞみ。東京までは3時間12分だ。二人ともぐっすりと眠り、東京駅から新宿に移動。予定通り博多天神によってラーメンを食べる。恵美子も納得した様子。次回は肥後のれんにつれてこよう。
1週間ぶりのナギは、ずいぶんと大きくなっていた。なぜかクラリスがいない。もう一日だけナギにお泊まりしてもらうことにした。悪いけれど、ぐっすり眠りたいから。