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1998年7月2日 ペンケトウ・オンネトウ
 超早起きだというのに、思い切り二日酔いしている。時々目が覚めるが、できれば思いきり寝ていたい。4時に迎えが来るはずだから目覚しは20分前にセットしたが、半眠りの状態で携帯電話が鳴ったのは3時半。目が覚めたときはベルも止まっていたから、たぶん小林さんが小平を出る時なのだろうと思い、のんびり着替えをはじめる。着替えてすぐに外に出ると、なんと伊藤さんと小林さんは店の前にいる。予定よりだいぶ早いぞ。出てきたパトローネの頭をなでて見せに入ると、カメラバッグ周辺に散らばっていたら仔猫達がいっせいに引いた。今日はだれもこないぞ。初めてだぞ。
 車に乗せてもらい小金井へ。待ち合わせ場所がファミリーマートだったので、かるい食事を買って、ついでに漫画も買う。沢口君を乗せて三鷹駅へ。伊藤さんの車はそのまま小林さんと駐車場に行き、僕と沢口君が駅前で御留守番。やがてメンバーが集まって、中央線で都心部へ。しかし、中央線の各駅停車という物に初めて乗ったが、遅い!!。神田で京浜東北線、浜松町でモノレールに乗って新羽田空港へ。羽田モノレールに乗ったのは小学校以来かな?朝7時前でも列のできる羽田の食べ物やを見て、「これなら馬鹿でも商売になる」などと思う。賢い奴は、権利を苦労して手にしたら、安い人件費で馬鹿を使うのだろう。それでもこれなら客はくるさ。
 大嫌いな飛行機に揺られて女満別空港へ。ありがたいことにPHSが使える。母親に連絡を入れてしばらくすると、レンタカー屋に行った小林さんから電話。前払いのお金が足りないという。結局全員でレンタカー屋まで歩く。北海道のレンタカーは不思議と「わ」ナンバーだけでなく「れ」ナンバーもある用意された車は8人乗りだがかなり小さい。レンタカー屋のあんちゃんと四苦八苦して最後部の座席を半分たたむ。残った半分の座席には、一番邪魔臭いからということで僕が座ることになった。
 宅急便の営業所で全員の荷物を受け取って愕然。どうやっても車に乗りきらない。山崎さんの提案で、ダンボールを荷解きして、中身のザックなどだけ取り出し、箱は営業所に預けることにした。それで何とか積み込めたが、右折のたびに荷物が雪崩を起こす。
 車は葱・ジャガイモ、そして見たこともない小さな麦の畑を通り抜けて南下する。信号が懐かしくなるほどのドライブで、あっという間に阿寒湖に近づく。車は横道に入ってオンネトウに向かう。はて??オンネトウって何だ??合唱団で歌った北の大地の歌詞にはペンケトウが出てきたけれど、結局どっちもわからない。聞いてみたらオンネトウは湖だった。ならばペンケトウもそうなのだろう。たぶん。
 オンネトウの湖面は見事にブルーからグリーンへとグラデーションを作っており、これと比べたら五色沼なんかミニチュアだ。キャンプ予定地を求めて進むが、天候は雨模様。候補地を見ながらも議論は起こり、昼食を求めて阿寒湖湖畔にいくも、テント派と民宿派で意見は二分。 とにもかくにも腹を満たそうと木彫りのお土産屋だらけの通りをうろつくが、木彫りは食えないしそれ以外はラーメンばかり。結局、観光用のお土産屋ストリート入り口に、阿寒湖で一番旨いラーメンとかかれた店があったので、そこにはいる。
 値段が高い。貝族ラーメン1300円と栗山さんと二人で頼んだ豚丼が1000円。注文をとったあんちゃんが頼りないので、何度も注文を確認したが、注文間違いは他のお客さんに出た。
「え?だって1人前しか書いてないよ」
なんで、「すいません、ちょっとお待ちください」って言えないのだろう。注文書いたのもお前のところの従業員だろう??ちょっと頭弱そうな。自分の事だったらテーブルぶったたく(丈夫そうなんだ、手作りのテーブル)ところだよ。出てきたラーメン、確かにまずくはないよ。値段と店員の態度を棚に上げたらね。しかし、阿寒湖で一番旨いラーメン屋がこのていどなら、阿寒湖のレベルは知れているね。観光地に旨い物無しか?
 お土産屋ストリートに鳴り響いていた、アイヌの楽器が気になる。ビヨン、ボインと響いている。前にも聞いた気もするし、モンゴルの不思議な発声方法にも似ている。思わずびびっときて買ってしまった。しまいにはチョッパー奏法も取り入れた。次第に馴れていく様子に、一同も反応してくれる。そして、明日、僕も買おうかなどと言い出した。
 結局、オンネトウ近くの国民宿舎に、軟弱にも泊り込むことにする。親切に対応してくれて、荷物を置いて、また車に乗り込む。テントを張る予定だったキャンプ場の先の駐車場に車を停めて、温泉へと歩く。1.4キロの距離でなだらかな山道。目の前に開けた光景は、見事な滝と温泉特有の湯煙。滝を横目に少し登ると、地元の人が露天風呂の掃除をやっている。湯は15分ほどで満たされて、曇天のもと、すっぱだかになって露天風呂に入る。この瞬間こそ待ちわびたもの。マニアなら誰でも知っている秘湯笑いをへらへらと浮かべながら、ぬるめのお湯に身体を浸す。
 帰り道、温泉の効果と軽い山道で身体は冷えない。しかし、さすがに北海道の風は涼しく頬をなでる。体の中からの温かさと外からの涼しさ。バランスが取れているのではない。それぞれが主張しあってハーモニーを作っている。アカペラコーラスの神髄にも似た感動。
 宿舎にもどってぐったりするが、他のメンバーが浴衣に着替えるのを見て、宿の風呂に行く。やはり露天風呂特有の、風呂の温かさと風の涼しさのハーモニー。部屋に戻って食事を待つと、外は強風。雨は大丈夫そうだが、この強風では料理は無理だったな。出てきた食事は決して高級な物ではないが、貝族ラーメン1300円よりいいぞ。
「仕事の付き合いの旅行じゃないからいいよな」
と山崎さんは言うが、もとは仕事の付き合い。しかし、
「でも仕事の付き合いだったら、この二人の様なことは出来ないね」
そういった伊藤さんの言葉になっとく。「この二人」は、食事の途中でさっさと横たわっていびきをかいている。相手が仕事の関係だと思っていたらできることではない。だから面白い、東京終末倶楽部。
「この関係、まだまだ30年でも40年でも続けようよ」
40年後じゃ、こんないいかげんなプランはできないけれどね。
 朝が早いから、徐々に眠っていく。税理士試験のための勉強をしている沢口君と、なぜか元気な僕が最後になった。
 明日、どこに行くのだろう。

1998年7月3日 観光地の食事
 何時間たったのだろう。瞼に光を感じて起きると、僕の布団の横が窓で、見事な明るさで迫っている。布団を引っかぶって眠り直すが、やがて朝食の急き立て。簡単なおかずだが茶碗3杯食べる。食後のコーヒーはカップが足りなくてお茶の茶碗。
 国民宿舎を後にしてオンネトーに向かう。昨日からお預けになっていたオンネトー一周だが、景色は確かに良いが、どうやら周囲を回る観光客はほとんど無いと思われる。朽ちかけた木道を歩き、徐々に狭くなり分岐の判断に悩む。更に先に進むと、またいだり、くぐったり、飛び越えたりと完全に障害物競走状態。それでも見事な透明と歴史を感じさせる倒木に感嘆の声を上げて、予定の2倍の時間で一周。歩きながらふと思った。道東のどこにでも生えているフキ。だからこそコロボックル伝説も生まれたのだろうが、フキって花を付けるのだろうか。これほどたくさんあるのだから、咲けば見事だろう。
 摩周駅に寄って、つぎは何やら見事な牧場。見事な草原と放牧されている牛を堪能。しかし、展望台で食べた食事は呆れるばかり。直径7センチほどの妙な天ぷらが乗った掻揚げ天ぷら蕎麦550円は昨日のラーメンと同様の不満。一同、昼食は観光地ではなく町中の食堂でとろうと確認。
 移動中眠ってしまい、寝が覚めると宿泊候補地の屈斜路湖和琴半島付け根。国営と町営の二つのキャンプ場を見て、2個所の露天プロを確認し、結局国営のオートキャンプ場に決める。場所が決まると買い出しに出る。屈斜路湖畔にこじんまりとした露天風呂を見つける。約10キロ道を戻って摩周の街で買いだし。カレー・焼き肉の用意に酒などを買い込み16000円。なかなか贅沢だが、民宿に泊る思いをすれば安い。何気なくスーパーの中のソフトクリームを食べたらすこぶる旨くて250円。昨日の紙コップ1杯の牛乳200円は、やはり観光地のぼったくりだな。先ほど見つけた露天風呂を満喫してキャンプ場に戻る。
。平日でがらがらだから、調理場を囲むようにおのおのテントをはる。僕のテントは買ったばかりの2人用で、組み立てるのに一番時間がかかってしまった。しかし、前室もついていなどなかなかご機嫌。すぐに調理にかかる。分担して野菜を刻み、カレー用の玉ねぎと肉を炒める。圧力鍋に移して火にかける。が、意外と加熱に時間がかかる。平行して焼き肉は準備が簡単だから、すぐに乾杯して焼きにかかる。
 少しして圧力釜が蒸気をふき、15分の加圧で世熱処理にする。辛口用の鍋と中辛ようの飯盒にわけてルーを入れ、今度はといでおいた米を圧力釜で炊く。予定より1時間遅れて完成したが、残念ながらご飯は、おこげになってしまった。それでも圧力鍋の威力は絶大で、短時間で作ったカレーも肉・野菜はとろけるよう。
 近くの露天風呂に行こうということになり、先にトイレに入ったら、つなぎのジーンズをはくのが面倒くさくなった。どうせ暗いからとぱんつのまま徒歩5分。昼間気にしていた緑のぬるぬるも気にならなく、他の人もあわせて10名ほどで入った。途中外人さんを連れてきた若き女性が、Tシャツのままで入ったのは残念。しかし、こう次々と露天風呂に入っていると、裸になるのが当たり前になってしまい、露出が平気になる。
「密かに隠れていた露出狂の血が騒ぎそうだね」
「隠れてない隠れてない、あんたの場合」
さようでございますか。
 もどって更に焼酎をのみ、他の人は眠ったが小林さんとしばらく話していた。テントに入ったのは12時すぎ。離れたテントから伊藤さんの巨大ないびきが聞こえてきた。

1998年7月4日 白夜
 トイレに行きたくなって目が覚める。テントの外が明るくなっているが、時計を見ると3時9分。炊事場の明かりか何かだろうと思って出たら、本当に明るくなっていた。初めて経験する白夜。何となくもっと遠くの事かと思っていたので、かなり感動。寝直してしばらくすると外で小林さんの声。
「カラスにやられてめちゃくちゃだ」
寝ぼけ眼で聞き流し何やら受け答えはしたが、もうやられているのなら仕方が無いと、そのまま更に眠ってしまった。
 本格的に起こされたのは7時ごろ。タオルを引っかけて歩いて昨日の露天風呂まで行く。歩きながら知床旅情を口ずさんで、はっとした。
「呑んで騒いで丘に上れば 遥か国後に白夜はあける」
そうか。白夜が明けるのは呑んで騒いでいる時間帯。本当に深夜から明けるものなのだな。
「忘れちゃ嫌だよ、気まぐれカラスさん」
道東にはカラスが多いのだな。
 朝食はバナナ一本で出発。美幌峠に着くと、すぐにクマザサアイスを食べる。昨日の朝、テレビ番組でやっていたのだ。クマザサの香りとあっさり目のあじつけで、なかなか良い。展望台に登ると、屈斜路湖を見下ろすことができ、周りはすべてクマザサだらけ。材料には困らない訳だ。駐車場に戻って石に刻まれた風景の説明図を見たら、美幌峠の標高は、なんと502メートルしかなかった。背の高い木々がほとんど生えていない植生限界を感じさせるこの風景は、関東なら標高2000メートル以上のものだ。改めて北の大地を実感。
 再び屈斜路湖の横を通り、池の湯に入る。広々とした池が屈斜路湖の横に隣接しており、やっと晴れてくれた空の下、最高の気分で湯にひたる。緑色の藻がたくさん浮かんでいるが、もう馴れてしまって気にならない。恐らくは観光のためにつくった、これらたくさんの露天風呂は、土曜でも入る人は少ない。市街地の観光案内所で、地元の人が食べる食堂を教えてもらう。観光名所の食事にはうんざりしていたのだ。教えてもらった店でカツ丼を食べた。特別旨いというほどでもないが、価格通りの味で出してくれる。観光地ではいちいち騙されたような気分だったものな。
 次に砂湯にいくが、ここは観光客も多い。屈斜路湖半の砂を掘り返すと湯が沸くのだが、あまりに人が多くて入らなかった。しかし、ここで論議が起こる。素っ裸になって入ると公然猥褻罪になるのだろうか、それとも見ている人が覗きで捕まるのだろうか。観光客でごったがえす浜にできた露天風呂の不思議だ。
 ちょっと温泉疲れも出て摩周湖へ。途中、硫黄山のふもとに行ったが、駐車場が有料なのでパス。摩周湖第三展望台からの眺めは、まさに絶景。見事に晴れ渡った空の青さより遥かに深い群青で、僕たちを迎えてくれた。霧の摩周湖の歌にあるように、なかなか湖面を見ることはできないそうで、4回目の山崎さんも晴れた湖面は初めてだというし、3度目の伊藤さんは、湖面を見るのも初めてだという。なかなかついている。
 感動を更にと、大きく回って裏摩周へ。広々とした開拓地を通って裏側から摩周湖を見る。ここからは湖面に下りる道もあって状況次第では営林署の許可でも得て下りようかとの話もあったが、それは断念。網走に向かいつつ神の子池に行く。摩周湖からの伏流水が1日12000トンも湧き出ている場所で、日本一の透明度を誇る摩周湖からの伏流水だから、官能的なほど透き通っている。この色は写真では表現できないな。
 海岸線を網走に向けて走る。途中、展望台に登ると、知床半島から網走までが一望できるが、残念ながら北方領土は見えなかった。つよいマゼンタ色のハマナスが、海・空の青さと見事なコントラストをつくっていた。
 キャンプ場さがしと調理と買い物の順番を慎重に考えて、最初に買い出しに出る。沢口君が銀行でお金を下ろそうとしたら4分前の滑り込みセーフ。ほとんどをスーパーで買ったが、途中で見た海産物の店が気になって、沢口君と二人で行く。スーパーより安かったウニと筋子をゲット。まだ全然、北海道らしい食べ物を食べていなかったのだ。
 市営らしいキャンプ場は完全に無料。近くに露天風呂がないのが残念だが、風呂はもうだいぶ満喫したから良しとしよう。すでに馴れたメンバーは作業を分担。僕は買ってきたアジとイワシをさばいた。網走湖湖畔にもちこんで宴会になる。一同疲れが出ていて、なかなか箸がすすまない。しかし、湖面を照らす夕日はハマナスの花に負けないほどの真紅に湖面を照らし、そして8時過ぎになっても遥かに見える山の稜線は暗くならない。道東の夏。闇につつまれる時間は何時間ぐらいなのだろう。呑んで騒いで疲れ果ててテントに潜り込み、普段ならまだ起きている深夜、きっと白夜は明けるのだろう。

1998年7月5日 バイクで旅するウサギ
 昨日のようにテントの外の白夜に目覚め寝直すが、今日は朝から見事な晴れ。暑くなって寝袋から出て、それでも眠って、起されたときには呼吸困難。慌ててテントから飛び出した。まるでサウナから出たような快感。他のメンバーは黙々とテントを撤収しているので、僕も撤収する。近くのテントの若い女性が、二人でウサギをあそばせている。
 昨日の残りを朝食にするが、どうみても酒のつまみ。ビールと酒の残りを呑みながら片づけていった。ぽたぽた焼き煎餅にバターの組み合わせは最高。洗い物をして荷物を詰め込み車を出そうとすると、先ほどの女性がバイクに荷造りをしており、ウサギのケージが一番上に乗っている。
「ウサギ連れてバイクですか?」
「ええ」
「ウサギって猫や犬みたいになついたり甘えたりしませんよね」
「ええ。でも、つかず離れずみたいな関係も、丁度良いんですよ」
置いてきた仔猫の事が気になる。
 天都山山頂の展望台でPHSが使えた。店に電話すると、仔猫が元気で大変だという。昨日は暑くてパトローネまで店内のトイレで用を足しているといっていたが、毎日それなりの苦労が有るようだ。ついでにネットにつないで見たが、シンクパッドが立ち上がらない。昨日の晩はトイレのコンセントなど使って動かしたりしたから、ついに壊れてしまったかと思ったら、明るすぎて画面が見えないだけだった。
 後で慌てるのも嫌だから、とりあえず女満別空港の近くに行こうと走らせると、市街地でなにやら祭りらしきものをやっている。トラック野郎よろしくデコレーションしたトラックの荷台にPAが後ろ向きにセットされ、数十名の老若男女がソーラン節を踊りまくっている。ソーラン節と言えばショーにまで仕上げたと言えば、わらび座だが、恐らく指導でも受けたのではと思える部分も多い。それほどまでの迫力なのだ。近くにあったポスターを見ると、「よさこいソーラン祭り」とか言う名称の祭りで道東地域から20団体ほど参加しており今年で9回目。南こうせつもくるらしいが、この名称どこかで聞いたことが有る。日本ふるさと塾だったか、わらび座だったか。いずれにしても本気の出演者に対して、若干ギャラリーが少ないのが残念だ。見ていて気持ちが良い。
 普段はおとなしい澤口君がかなり気に入ったようで、カメラを持って前に後ろにと飛び回っていた。車で小林さんが待っているから、戻ろうとするが、結局ラストまで見てしまった。僕たちが見たのはメイン会場ではなかったので、メイン会場はもっと盛り上がっていたかもしれない。偶然とはいえ良いものを見せてもらった。
 宅急便配送センターで荷造りをして食事場所でもめる。目の前の回転寿司にしようとか、回転寿司なんかどこでも同じだからとかもめるたびに、律義にも小林さんが車を動かすから、駐車場といわず路上といわずアイスホッケーの玉(っていうのかな?)の様にちょろちょろ動き回る。結局回転寿司に回転しまくった車をとめて好きなところに行こうということになる。
 蓋を開けてみたら他に行ったのは山崎さん1人だけ。120円からはじまる回転寿司は僕にとっては久々だ。大トロが有ったり120円の更に中トロが乗っていたりとなかなかネタも良く、一同大正解だったと大喜び。北海道という地域性も有るだろうが、これじゃあ、普通の寿司屋さんはつらいよな。一番食べた僕でも1950円だった。
 レンタカーを返す途中でガソリンスタンドを探したが、なぜか一軒も開いていない。しかたなくはるばる寿司屋近くまで引き返し補給。レンタカーを返して空港で買い物。
 大嫌いな飛行機を下りてほっとする。新秋津駅でタクシーを待っていると、酔っ払いがふらふらしながら「みなさんは、どうして怒らないんですか」などと良いながら、ロータリーに止まっている車をいたずらしはじめた。110番でもしようかと思ったら乗る車が来てしまった。あのあとどうなったのだろう。
 何とか滑り込みで下りかけたシャッター、閉店時刻ぎりぎりに店に戻ることができた。仔猫達は裏口付近にトイレも引越しさせたらしい。一番人懐こい白と黒のオスの様子がおかしく鳴いてばかりいる。抱き上げると泣き止むのだが、どうやら木曜日に誰もいなかったのが良くなかったらしい。人に育てられた猫は人がいないと情緒不安定になるのか。
 シャワーを浴びて、4日分の髭を新しい髭剃りで切った。二日目までは「まだまだ時間はある」と思っていたが、3日目に突然「明日で終わりか」と思いはじめた。店を出して以来、4日の不在ははじめてだ。8月の小笠原は店の開いている日ばかりで6日間。また、それまでに仕事進めておかなくてはな。