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1997年1月16日〜19日 灼熱の極寒ツアー4日間
 寒いときに寒いところに行く東京週末倶楽部の今年の行き先は、岐阜県の白川郷。合掌づくりの集落が世界文化遺産にも指定されており、その合掌づくりの民宿に泊まる。雪は少ないとの報告。夜11時の寝台特急銀河は朝5時に岐阜駅に着く。昨年は乗り込んでから宴会だったのだが、寝過ごしが恐いから乗ったらすぐに眠るために東京駅9時集合で、宴会をしてからスタートすることにしたのだ。
 20分遅れで東京駅のレストランへ。例年だと7名で行くのだが今年はサンライフの浅井さんが都合で行けないので6名。僕が最後かと思ったら武蔵野コーポレーションの高橋さんが来ていない。風邪なので寝台車は避けて翌日新幹線の新潟周りで追いかけるそうだ。と言うわけで、ウイングの山崎さん、アクシスの小林さん、ケーアイ事務機器の伊藤さん、バンジョウの栗山さんに僕が加わって宴会スタート。
 予定通り乗り込んですぐにぐっすり。起こされたのは4時30分で名古屋駅に停車中だった。岐阜駅で45分の待ち合わせで高山線に乗り換え、美濃太田で12分の待ち合わせで長良川鉄道に乗る。ルートでは美濃白鳥からバスなのだが、バスが3時間待ちになってしまうので、郡上八幡で下車してタウンウォッチングすることにする。途中の駅の看板が面白い。「日本の人口の重心」「うだつのあがるまち」など、自分のまちの魅力を意地でもみつけようという姿勢が好きだ。僕は「ごぞんじ東村山」の写真屋だよ。
 まずは飯にありつきたいのだが、駅前食堂は開いてはいるが誰もいないのでパス。観光センターに向かう途中の食堂に入ったら朝定食しか出来ないと言う。干物と卵と海苔あたりだろうと覚悟して頼んだのだが、考えが甘かった。ご飯・味噌汁・生卵・味付け海苔・梅干し一個。干物は付いていなかった。黙々と食べる5人。
「腹減ったな〜〜」
食堂を出て5分もしないうちに山崎さんがつぶやいた。大判焼屋が有ったので寄ったがまだ焼けてないと言う。飯を食べたばかりの空腹5人周は、空腹のまま街を歩いた。驚くほど写真屋が多い。そして、いつまで歩いてもずっと商店街である。街の随所に用水が走っている。水源を掃除している主婦3名にあった。当番制で毎週金曜日に掃除しているそうで、用水と生活との重要な関わりを見せてもらった。
 山の麓に立派なお寺があったが、郡上八幡は門前町ではなく城下町。城は山に有って上るのはしんどそう。一度はタウンウォッチングだけにしようと思った一行だが、9時半に予定変更。1日にたった2本のバスを後の便に変えて、のんびりと郡上八幡を散策することにした。
「6時間有るから、寝台車で寝ていた時間より長いぞ」
と小林さん。全ての時間の単位が寝台車の睡眠時間を基準にしている一行だった。
 和菓子屋でおばちゃんの講釈を聞きながら買い物。僕の買った「うめだま」というラムネのような菓子は、ストロベリーの香料をつかった桃の風味の変なお菓子。どこが「うめだま」なんだか。
 近道17分の看板に誘われて山の城に上る。しかし大きな誤算があった。17分の登りぐらいならどうという事の無いメンバーだが、氷点下20度にも耐えられる服装で雲一つ無い快晴。ぎんぎらぎんの太陽の下での山登りは見事なサウナ。城の入り口にたどり着いた一行は完全のダウン。平日で売店が開いてないのをいいことに、ベンチに倒れて1時間以上の昼寝をしてしまった。瞼を刺激する太陽光線が気持ちいいこと。
「伊藤さんいびきかいて寝てましたよ」
「近藤さんも見事なものでしたよ」
受け付けの親父さんと山崎さんの会話で目を覚ます。コンクリート造りの柵の一カ所がかけているのは、平成7年に近くの松の木に落ちた雷が鉄筋を走ったときにはじけたものだと言う。親父さんに荷物を預けて城に入った。さほど大きくない城だから見るのはすぐだが、山城だから窓からの景色は絶景。「たなびく煙を見ながら殿様喜んだのかな」などと言いながらしばしを天守閣で過ごす。
 下りは表通りで、途中で目を付けておいた川の畔の料理屋に入り味噌カツ定食を頼む。昼間からビールは大名気分。しかし、まだ昼過ぎとは、朝5時スタートの生活は一日が長いこと。老人になったらこういう生活になるのだろうか。
 料理屋で聞いた探索ポイントは水路。裏通りの更に裏を流れる水路に、岩魚や山女、そして鯉が泳いでいる。「手作りのふるさと」として表彰もされているらしい。もともと水路の多い街だから、水路は足下の魅力。「まちづくりの材料は足下から探せ」とは、背広の空海ともいわれる萩原茂裕先生の言葉だが、しっかりと足下から探している。
 裏に入り表に出つつ街を歩く。小学校の体育の授業を見て、あらためて平日に観光をしている自分たちに気が付く。小学校前の角の店に僕が目を止める。「サンプル工房かねやま」というその店は、食品サンプル発祥の地である郡上八幡のなかで、ただ一軒見学の出来る店だと言う。新聞記事やらなにやらも店頭に出ているので、他のメンバーを引っ張って入った。
 最近、パラフィンを使ってレタスを作るシーンがテレビに出ていたのでそれかと思ったら、ここのサンプルは塩化ビニールだった。いかにもビニールの臭いが立ちこめる店内で、女性が山女のサンプルを作っていた。輪切りのキウイや噛みかけのチョコレートのキーホルダーも見事だが、サワーに沢蟹を入れた「サワー蟹」などとしゃれたものもある。僕の目を一番引いたのは毛蟹だった。作品は全て本物から型をとったというが、毛蟹の毛なんかどうして再現できるのだ。僕もインチキ写真を作ることに関しては日本一の自身があるから、マスターと意気投合してしまった。
「ちっともコンビニが無いな」
山崎さんがつぶやく。コンビニもないけれどスーパーも生協が一軒だけだ。大店法の規制緩和に大して肯定的な僕ではあるけれど、この状況を見ると考えてしまう。ここは大規模店舗がないおかげで街並みが残っているのだ。
 来たときにはしまっていた駅の中の鉄道資料館があいていたので見学。待合い室の一角の小さなスペースなのだが、「100回の陳情より1回乗ろう」という標語が気に入った。ローカル線廃止反対の運動のものだが、鉄道に限らず同じ様な事は世間に五万とある。特に政治的に支援団体が付いたときには、関係のない人達が叫んでいて単なる騒ぎになっている場合も多い。マスコミが取り上げるとお祭り騒ぎになるしね。
 のんびり旅行の良さで郡上八幡を満喫して美濃白鳥へ。駅前で土鈴の店に入ったら、展示品のほとんどは非売品。カエル関係をコレクションしている山崎さんが買おうとしたものも非売品。むっとして店を出る。
 2時間近いバスに、最初は高校生もいっぱい乗っている。徐々に降りていき最後は貸し切りになった。バス停の横に植えられた桜の苗に「太平洋から日本海まで桜でつなごう」みたいな事が書かれていた。
 バスを降りて徒歩3分が宿泊する一茶。道を聞いたら馬鹿丁寧におばちゃんは案内してくれた。迎えてくれたのは親戚らしい4〜5歳の娘。いかにも民宿を感じさせるスタートだ。高橋さんも合流してすぐに風呂。風呂から上がって夕食は和風のこじんまりしたものではあるが思いきり満足。朝の定食の反動もあって一同大満足。酒よりもむしろ飯が進んで静かなる夕食。
 三脚ももって夜の街へ。本当なら満点の星空が、月が真上にあるので星空はそれほど見えない。けれどもおかげで雪に囲まれた街の景色は月明かりに浮かび上がり、長時間露光で撮影も出来る。山の上から街を写そうと展望台に向かう。やはり極寒に耐えられる服装で上り道はサウナ地獄。やっと展望台入り口に着いたけれど、最後の部分は深い雪で前進不可能。とぼとぼと歩いて降りた。汗ぐっしょりだよ。
 山崎さんの持ち込んだ1升樽と高橋さんが持ち込んだ地元の純米酒で宴会。つまみは夕食の残りとピーナッツ。山ほどのピーナッツをぽりぽり。近藤・伊藤・小林の夜の合唱団が人部屋に収めれられて睡眠。用意されたアンカが気持ちいい。
 朝のおぼろげな意識の中に
「雪が降ってるよ」
の言葉。喜んで起きるとすぐに朝食。あっさりとしてはいるけれど豊富なおかずに、お茶碗3杯。昨日の朝食が話題に上る。朝食中に雪が雨に変わり、みんなの表情が曇る。部屋に戻って雑談の後、結局眠る。
 起こされたのは午後1時。結果的には食っちゃ寝の状態だ。確かに食っちゃ寝だよ。起きた理由も昼飯を食べるためだ。出ようとすると、宿のおじちゃんが来た。
「あんかを出して下さい。今からやらないと夜に丁度良くならないから」
スイッチオンの生活が当たり前の昨今、なかなか意味深い一言だった。半日かかるものは半日前からはじめればいいんだよね。
 宿から徒歩1分の「おいしんぼ」なんていうキャピキャピ観光的みせで、昨日に続き味噌カツ定食を頼む。大盛りが頼めないっていうのは店の怠慢じゃないのか?
 新しい釣り橋を渡ったところは、観光的に残された部分。観光的演出が嫌いだからちょっと躊躇したけれど行ってみる。700円の入場料に一瞬戸惑うが、冬季300円を確認して中に入る。白川郷の古い合掌造りを移転したり展示会場が合掌造りの中に収められている。
 かたりべの館はビデオによる説明だったが、基礎的知識は仕入れられる。ビデオを見ていたので遅れて隣の建物(もちろん合掌造り)に入ると、いろりを囲んで話をしている。加わって話を聞くと、そのおばちゃんの話が素朴で楽しくて感動的ではまりこんでしまった。
「桜の話知ってます?」
「来るときバス停の横に『太平洋から日本海まで桜でつなごう』みたいな事書かれた苗木が有りましたね」
「よく見てましたね。映画にもなったけれど、本当にドラマなんですよ。途中に有ったダムに埋まった街で私は生まれて育ったんですけれど、水の底に沈む前に樹齢400年の桜の木を動かしたんですけれど、来るとき見ませんでしたか?」
「えっ、桜って育つと一番植え替えにくいでしょ。400年なんて桜、本当に動かせたんですか?」
「だからドラマみたいなんですよ。一度は枯れそうになりましたし、弾力のある根っこに打たれて、犠牲者も出ているんですよ」
 聞きほれてしまって、気が付いたら閉館の30分前だった。おばちゃんの話に聞いた240年前の家も見て退場した。
「300円。安かったね」
高橋さんがぽつりと言った。
「のんびり旅行だからこそだけれどね」
 出るときに受け付けで聞いたら、夜の合掌造りのライトアップは、今から行かないと良いポジションが取れないと言う。それを聞いたとたんに一同ボルテージダウン。猫も杓子も行く観光地に行きたがらないメンバーなのだ。
 宿から一番近いおみやげ屋「えびす屋」に行く。小林さんが宅急便用の段ボールを欲しいと言っているが話がかみ合わない。小林さんは段ボールに合わせて荷造りをすると言っているのだが、店は荷物の量にあわせて段ボールを探すという。ペースを変えないおばちゃんにみんなは困っているようだが、僕は結構おみやげを買った。小林さんは途中で切れて、他の店に行った。夜8時まで開いているというので、みんな必死に荷造りをしたが、店から電話で明日の朝にして欲しいという。気ままな商売も有ったものだ。
 そろそろライトアップも後半という時刻に宿を出て、途中のおみやげ屋に荷物を出す。大きさがわからないとか金額がわからないとか、意味の分からない返答をする店にいらだって、僕が全て伝票を記入する。うちは界隈では一番の宅急便取次店だからね。しかし、金額が特定できない状態で、どうやって宅急便を取り次いでいたのだろう。
 ライトアップ会場は、地元の人の言葉で「最低の場所」というほど奥の方で、やはり上り坂で汗ぐっしょり。しかし、時間差を付けて遅く来たので、それほど混雑はしていない。そこそこ本気で撮影して、通りの脇のテントへ。おばちゃん2人と娘が一人で地酒を振る舞っている。結構美味しい純米酒で、寄付金に500円入れたのを自分への言い訳にして日本酒のおかわり。話してみたら商工会が全面的にやっているというので、商工会青年部の名刺をおいて帰ってきた。
 休養十分だから宴会も絶好調。買ってきた地酒も呑みながら思いきり大騒ぎした。さぞかし迷惑だったであろう。
 最終日の朝食も、おかずはたっぷり。やっぱり3杯食べて出発の準備。時間にゆとりがあるので1つ前の停留所まで歩く。どうやら正解だったようで、次の停留所で満員。約2時間またも眠ってしまった。美濃白鳥で切符を買うと、裏表両面が切符の図柄になっていた。長良川鉄道もぽかぽかと暖かく、やっぱり眠る。
 美濃太田で昼食をどうしようかと悩んだ。名古屋の新幹線ホームできしめんというのが当初の希望だったのだが、待ち合わせ時間が16分しか無い上に5分遅れているという。僕以外のメンバーはきしめんをあきらめたようだ。僕は菓子パンをひとつだけ食べて、意地でも棊子麺を食べることにする。
 6分遅れで名古屋に到着。新幹線車内での合流を約束して一気に新幹線ホームのきしめんスタンドに走る。握っていた100円玉を食券自動販売機にいれ購入。隙間のないカウンターの後ろから手を伸ばして注文。店のオヤジさんのテンポが思いきりスローに感じる。カウンターがあかないまま出来上がったので、ドンブリを手でもって食べ始める。予想より熱い。冷水機に顔を近づけたらつゆがこぼれた。気にせず食べ続けたら口の中と食道をやけどした。麺を食べ終わったところで乗る電車がホームに入ってくる。汗ぐっしょりになって電車まで走る。6号車に乗り込んで12号車まで歩く。無茶苦茶暑い。無事合流したが暑くて座る気にならない。デッキに引き返してすずんだが、ちっとも涼しくない。15分ほどして座席にもどるが、相変わらず暑い。座って眠る。
 新横浜で目が覚める。体中汗で気持ち悪い。
「窓際で日があたっていたとき、35度あったぜ。室温自体も26度。俺達、氷点下20度に耐えられる服装なんだから、たまらないよな」
と小林さん。確かに暑いよ。考えてみれば郡上八幡の山登りも、展望台に登ったときも、ライトアップに行ったときも、走ってきしめん食べたときも、新幹線の中も。どこもかしこも汗ぐっしょり。灼熱の極寒ツアーになってしまった。
「来年はどこにする?北海道の露天風呂ってのはどうかね。やっぱり寒くないとね」
と東京週末倶楽部の代表=山崎さん。恒例になった極寒ツアー。最後には南極に行こうなどと言い出しかねない雰囲気だ。