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1997年7月3日〜7月6日 男七人、秋田の雨に濡れて
 タクシーに乗って一路東村山駅へ。22時25分浜松町駅発の深夜バスで秋田に出発するのだが、その前に昭島で都青連30周年特別委員会に出席する。その後のスケジュールに自信が無いから、昭島駅を降りた時点でケンタッキーを3ピース食べる。
 会議はどの様に会議を進めるかで時間がかかってしまう。30周年記念式典とイベントの二つのチームは、どうした加減だか乗りが真っ二つに割れている。いけいけのイベントチームに対して式典チームは慎重派。式典チームの結論が出たころはすでに時間いっぱい。8時35分に失礼して昭島駅まで歩く。駅に着いた時点で6分ほど時間が余ったのでビールを求めて駅周辺をさまよう。狂乱の厚さだから昼間のうちから頭の中にびっしりビールが詰まっていたのだ。しかし、駅周辺にビールはなくて、清涼飲料水で(情けなくて銘柄なんか忘れたよ)で喉を潤す。
 神田で乗り換えて浜松町へ。携帯で小林さんに連絡すると、一同は宴会で盛り上がった後バスターミナルへ向かっているという。頭の中にビールが再浮上した。地下のレストラン街に「酒店」という看板があったのだが、見事に騙されてバーだった。バス出発までに15分しかないから、のんびりと店で飲むわけにもいかないのだ。地上に出るがビールの自動販売機はない。ぎりぎりまで探そうとしたところに小林さんから電話。ビールはバス乗り場前にあるから至急戻れという。
 人込みを掻き分けるようにバスターミナルに向かうと、一番近い入り口が閉鎖になっている。頭に来てドアをぶったたいて来た道を戻る。出た入り口から地下街の酒店の前を通り、上がって下がって乗り場に行くと、伊藤さんが僕を待っていてくれた。自動販売機ではなく売店で500のビールを2本買って慌ててバスに乗り込む。僕の席は何と一番前の真ん中だった。
 ざっと挨拶して座り込んだが、隣の伊藤さんが酔っ払っていて、面倒見がよすぎてやたらとうるさい。やがて消灯になり、ビールもからになって眠りに入った。
 時々目覚めて頭上の時計を見る。一番前の真ん中だから発光式の時計が瞼を閉じても感じられる。5時ごろに下の休憩室に降りてお茶を飲む。同席した若い男が「岩手あたりでしょうか」と話し掛けてきたが、外の景色には市町村名ばかりで県名が無い。見事な雲り空で高い雲とごく低い雲が二層になっている。降り出さないのが不思議な天気だ。
 座席に戻ってしばらくすると雨になった。6時になって前方のカーテンが開けられると、フロントガラスにあたる雨、そして雪国特有のセメントの路面。山間をぬけて町中に出ると、予定通り6時15分に横手に到着。食事は電車で30分ほど行った湯沢でとることにしたので、約1時間ほどあく。駅にあるグレ電でインターネットに接続してみるが、どうも秋田のアクセスポイントの設定がうまく行かない。
 女子高生に混ざって山形行き。湯沢駅前のロータリーでバス乗り場を確認する。始発の営業所は徒歩10分ぐらいのところにあり、駅前からも乗ることができる。雨が激しくなってきたので手近で朝食をとることになるが、半年前の郡上八幡での朝定食があまりに貧弱であったことが一同の脳裏をよぎり、慎重に探すつもりになる。しかし、結果は安易に一番駅に近い定食屋になる。
 店内は暗くて開店までまだ30分ほどあるのだが、田舎の気安さであけてくれた。歴史の染み付いた壁や柱といつから変えていないのか焼けたお品書き。当然のように全員稲庭うどんを食べることになるが、大体つけ麺というのは1人前という言葉を使うこと自体が間違っており、1枚2枚と数えるべきだと思う。僕が2人前、2人が1人前、残りの4人が1.5人前だという大盛りを頼んだ。僕が2枚頼んだのは1人前800円で大盛りが1200円というまったく得にならない価格設定に疑問を持ったからだ。2人前ならつゆもたっぷり付いてくる。
 待つこと約30分。出て来た量を見て勝利を予感した。しかし、2人前1600円はちょっと高いよな。しかし町中のどこを見ても、稲庭うどんに拘っている姿勢が見受けられて楽しい。駅の待合室でも稲庭うどんの断面のアップのポスターが貼られていて、中空になっている様子がよく分かる。
 始発でバスで乗るために10分ほど歩く。どうやらPHSはつながって、店に電話したら強烈な暑さだという。こっちは雨だよ。1日3〜4本しかないバスだが、始発まで歩く必要はなかったようだ。途中で降りた数名のほかはほとんど貸し切り状態。うとうとして約1時間、終点に到着。そこから30分ほど歩くというので歩き初めたが、約30分歩いて到着した温泉が今日宿泊する温泉とはまったく別だとわかったときに、どうやら行程が思うよりだいぶ過激だということに気がつく。
 最近志村けんも来たというその温泉宿で400円はらって風呂に入る。内風呂と露天風呂がつながっており、さらに階段を降りると河原に降りられる。雨で増水したので96度というお湯もうめられて塗る湯になっているが、途中で水路を工事して(これが決死の工事なのだ。開通したとたんに熱湯が流れる)何とか入れる温度になった。しかし、不思議なぐらいお湯と水は混ざらないもので、時折固まりのような熱湯が襲ってきて大騒ぎになる。河原の脇に囲まれた風呂の中で、オタマジャクシが育っていた。
 風呂を出て徒歩30分。昼食をとろうと入った店もやっぱり稲庭うどんにこだわっている。一同朝食で懲りているから、牛丼や、牛丼と稲庭うどんのセットを頼む。このセットがすごかった。セットというのは嘘で2人前が出てくる。しかも稲庭うどんがホットだから完璧な満腹。さらに牛丼の牛肉がすごかった。店内に「みなし牛」という宣伝がしてあったが、山形の隣ということでこちらも牛肉に対する拘りがある。すこぶるうまい。
 近くに大噴湯という、今では熱湯が吹き出すだけになっているもと温泉があるので出かける。河原にあるので階段を降りていく。降りていく途中で後悔したが遅い。思い切り降りて、雨で増水した泥流の横を歩くとめがねが曇るほどの蒸気が吹き出している。もちろん手を入れればやけどするほど熱いのだが、その熱さの中で育っている藻には驚き。
 本当は2時間半ほど歩いて宿まで行くはずだったが、雨にくじけて宿から車で迎えに来てもらうことにする。来てもらうまでに時間があるので、もう一軒の露天風呂に入る。村営のその風呂はきれいに整備されているのだが、不気味な浮遊物体。外から飛び込んだらしいカエルが両手両足をだらりと伸ばした状態で多数浮かんでいる。いや、沈んでいるものもいる。かなり強烈な腐敗臭を発しているので、木の枝や洗面器で次々外に出した。と、風呂の周りでカエルが跳ねた。
「露天風呂 蛙飛び込む あの世行き」
さっきの風呂ではオタマジャクシが育っていたのにな。
 車に乗って宿まで走ってもらう。いかに工程が無謀であったか認識する。インターネットで探っても秘湯中の秘湯というだけのことはあって、本当に3件の宿が一所に小さく固まっている。すぐに道路を挟んで別館の露天風呂に入る。今日入った3件の風呂の中でも最高の気分。風呂の縁で沢口君が滑って転んだ。結構すべるのだな。
 夕食にマグロの刺し身が出ていなかったので感激。肉も野菜も魚も地元で取れたものらしい。冷酒を頼んだら「旨いのがありますよ」と出てきたが、レッテルが宿の名前。先日の酒蔵見学を思い出す。
 食事が終わってまた露天風呂。さっき沢口君が滑ったところで僕が転んだ。すぐに後から入ってきた浅井さんが「このお湯は打ち身に聞きますよ」だと。打ったすねをお湯に浸けて、しばらくうんうんうなっていた。小林さんが夜空を見上げて「雲の切れ目から星が見えるよ」と言っている。明日、もしかしたら晴れるのか。
 ちゅう房にお願いして、ビールと冷酒を4本ずつ頼んで部屋に戻る。深夜バスで疲れて眠ってしまう者と、ここぞとばかりに元気になる者。それでもいつもよりはだいぶ早く、12時過ぎには眠ってしまった。
 がんがんと痛い頭でおきると、外は完璧に雨。これは半年前の白川郷のパターンと同じだ。朝食をとって昼間で寝直す。昼前ににぎやかになったので目が覚めると、やっぱり滝まで行こうという。下は水着、上は防水のジャンバーで、宿の傘を借りて出かける。
 河原毛までは自動車の通る道を約1キロ登る。上り切って峠を過ぎると、眼下に地獄谷が広がり、猛烈な暴風雨になる。傘は役に立たなくなりぬれるのを覚悟で進む。地獄谷の散策路の入り口の看板に隠れて傘を差し浅井さんと話をしていたら、突風で傘がひっくり返った。少し遅れて散策路に入ったので逆ルートで迎え撃ち。途中ですれ違って尾根筋まで上り、降りてくる道が硫黄のガスで呼吸困難。
 河原毛から大湯滝まではくだりで30分。相変わらず雨と風は断続的にやってくる。地獄谷を出て川沿いの道で谷に下る。大湯滝は地獄谷でお湯と混ざって、晴れていれば滝壷が露天風呂となる。しかし、昨日からの雨で増水しているため、ほとんど水そのもの。栗山さんだけが決死の覚悟で滝壷に挑む。岩にしがみ付いて滝壷に足から入っていったが、背は立たなかった。さらにがけをよじ登って中腹の滝壷にもチャレンジ。今まで雰囲気から「のんの栗山」といわれていたのだが、返上して「ターザン栗山」といわれるようになった。
 雨の中をひたすら宿へ。途中15センチはあろうかという巨大なナメクジに驚く。宿に戻って内風呂へ。内風呂は混浴だが入っていたのは男が2名。途中で女子更衣室がわから若い女性がちょっと覗く。
 夕食を見てびっくり。ほとんど間違え探し。あゆの調理方法とお刺し身がちょっと違うだけ。連泊するひとは少ないらしい。ビールで思い切りのお疲れ様で乾杯。食事が終わった後はいわずと知れた宴会。すぐ横の女風呂が気になって仕方ない栗山さんを除いて、布団の上でごろ寝の雑談で夜がふけた。
 最終日の朝、今日も雨。東京は連日の猛暑で死人が出たなんて騒いでいるのだが、こちらは最高気温でも20度以下。朝食の後にごろ寝をしていたら、布団をあげられてしまった。10時25分のバスの予定でのんびりしていたら、宿のマイクロがあいたので送ってくれるという。風呂に行っていたメンバーを慌てて呼び戻して出発の準備。慌てて出たから沢口君が忘れ物で、約2キロを引き返してもらう。気を取り直して湯沢駅へ。途中、駅伝の選手を追い抜いたが、走っている選手にも中継所にいる選手にも茶髪がいたが、茶髪チームというのがあるのだろうか。
 湯沢駅で2時間近くのタウンウォッチング。すぐにケーキ屋に入る。3日間山の奥だったから、クリームのようなスイートな甘みに一同飢えていたのだ。飢えていたといえば店員が若くてかわいくて、単純な計算違いにもなかなか気がつかなかった。計算違いに気がついてお金を返してもらえるのに、沢口君はまだ払おうとしていた。君は税理士でしょ!!
 やたらと写真屋が多い。駅前の写真屋には時間外ポストというのが有った。何となくスーパーの無人受付とダブってしまったが、よく考えれば検討の余地はある。鍵さえしっかりかかれば問題はないわけだ。
 えらく元気でポップのコピーがドーバーフォト見たいな店を見つけた。内容はドーバーフォトに近いが、それをポップとしてがんがん使うところははるかに上で、見習うべき点が多い。何も買わないのだが山崎さんと一緒に店内も見せてもらった。
 どの店にも稲庭うどんが売っているのは見事。店頭に梅をおいてある見せがあるのでチェック。東京では梅はすでに終わっているのだが、秋田では出始めらしい。力水という日本百名水があるので行って見ると、水源は工事中でパイプから出ていてなんともさびしい。さびしいといえば、小学校のグラウンドで行われていた労組の運動会も参加する人はほとんどなくさびしそうだった。
 市街地に戻ってまずは食事。7人で10人分以上を頼むのは当然。稲庭そうめんとカツ丼あわせて1500円は一昨日の稲庭うどん2人前よりやすくてボリュームも満点。食事が終わったら自由行動。すかさずさっきの店に行き、梅と紫蘇を買おうとしたが、ふた袋の梅に5束の紫蘇がちょうどよいという。どうやら秋田の付け方は東京都は違うらしい。対面の店で半生状態の稲庭うどんと稲庭そうめん。ジュンサイとしょっつるを買い込んで宅急便に乗せてもらう。金額的にはかかったけれど、買ったものは半分以上僕の腹に入りそうだからよしとしよう。
 湯沢発13時19分の山形行きはがらがら。浅井さんから最後のデータをもらった。データとはDC-50の写真データで、このオヤジ60歳以上なのだがすこぶるパソコンに強い。なんでも昔はテレビまで組み立ててしまった電気屋だという。DC-50には20MbyteのPCカードが入っている。今回の旅行ではPCカードの偉大さを知ったのも収穫だ。現在浅井さんは75MbyteのPCカード購入を検討しているという。写真だけでなく仕事のデータや個人的な秘密のデータを入れて、いざというときにはカード1枚の気楽さでもって逃げようということらしい。ただ一つ悩みが有って、息子さんに読まれてしまうという。パスワードを設定しようとも二十三重のプロテクトを施そうとも無駄らしい。息子さんはパソコンゲーム作りが仕事だというから仕方がない気もするが。
 山形で新幹線つばさに乗り換え。大宮でホームに下り立ったとき、死人まで出たという東京の暑さを体で納得した。